お前をどうすればいいんだよ、今さら

 カガリ。香りあると書く。香有。七年前、彼女が小学三年生のときに、ウチに来た。

工務店で働く青年リョウと、事情を抱えて引き取られた血の繋がりのない少女カガリ。兄妹のように育ち、家族愛を育んできた共同生活は、カガリの成長とともに微妙に形を変えていく。保護と依存、善意と欲望、世間の目と本心の狭間で揺れる二人。カガリの卒業を前に、封じてきた両者の想いが露わとなる…

#エモチックロマンス
お前をどうすればいいんだよ、今さら
#広ヒロスケ

お前をどうすればいいんだよ、今さら©︎広ヒロスケ Amazon Kindleストア99円 Kindle Unlimited対応

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「リョウ、悪いが、また、迎えに行ってくれるか?カガリを」

「わかった、オヤジのクルマ借りるよ」

 県道を三十分、入谷の坂道を下ったところに、警察署がある。

 オヤジが電話を受けた。万引きの疑いで、中学生女子数人が身柄を確保されている。カガリはそこにいる。付き合ってる友だちが悪い。あの子たちと遊ぶのはもうやめろ。何度言っても、俺の話を聞こうとしない。オヤジの話は、もっと聞かない。

 ハイゼットの助手席、ずっと黙ってたカガリがやっと口を開いた。

「ねえリョウちゃん、聞かないの?」

「聞くって、何を?」

「本当に万引きしたのか、って」

「してないんだろ?」

「… … …」 

「お前が、万引きするなんて思わない。もし本当にやったとしても、理由があるはずだ。脅されたとか、騙されたとか。お前は、やらないよ」

「なんでわかるの?そんなこと?」俺の目を睨むように見る。

「そりゃぁわかるよ、ずっとお前を見てきてるんだから、本当の妹みたいにさ」

 カガリは顔を背けるように、窓の外を見た。あとはもう口を開かない。家に着くと、クルマのドアを力任せに閉めて、自分の部屋に走って戻る。いつものことだ。

 カガリ。香りあると書く。香有。七年前、彼女が小学三年生のときに、ウチに来た。

 カガリの父親は、俺の父親が経営する工務店の下請け内装工事の職人だった。暴力事件に巻き込まれて亡くなった。いつもの飲み屋で、酔っ払い同士の小競り合い、刃傷沙汰になりかけた。仲裁に入ったとき、胸を強く蹴られカウンターの角で頭を打った。後頭部静脈洞、いわゆる急所。

「打ちどころが、もう後ほんのちょっとズレていればな…あいつはあの店のママに惚れてた、カラダの関係もあった。しかし、その先には進めなかった。娘のことを考えたんだろう」とは俺のオヤジ。

 カガリを引き取る前から、親子はウチで飯を食って帰る日があった。父と娘の二人暮らしだった。親戚とは疎遠になっている。カガリの父親は過去歴者だった。

 俺のオヤジは、保護司の真似事をやっていた。世間から好奇の目にさらされ、寄るべなく孤独に震える者を放っておけなかった。オヤジは苦しんだんだろう。オヤジの父、つまり俺の祖父にも刑余があったから。

 カガリは、少女の時分から、大人びた雰囲気のある娘だった。口数少なく、同じ場所で、ずっと同じ姿勢のままで座っていられる。父親の横、ラーメン丼を並べて、おぼつかない箸遣いで、一本ずつ麺を食べた。啜ることが苦手。だがテーブルを汚さないように気を使っていたのかもしれない。

「麦茶の、お代わり飲みますか?」

「リョウちゃん、いつも悪いね」

 カガリの父が、コップを受け取りながら俺に微笑みかける。悪人だとは思えないやさしい笑顔だった。カガリは、紫色のカップでお茶を飲んでいる。俺が子どもの頃に使っていた青の色違い。スヌーピーのプリントは、もう消えかかっていた。

 当時、高校生だった俺は、彼女が家に来て一緒に飲み食いすることが嬉しかった。年下の妹ができたようで。それにカガリは、綺麗な瞳を持っている。その目を見るのが楽しみだったし、その目の微笑みは俺の心の何かを震わせた。一人っ子の俺は兄弟姉妹に憧れた。妹のいる友人がうらやましかった。

「リョウ兄ちゃん、ご馳走様でした」

 食器を流し台まで運んでくる姿がいじらしかった。

「カガリ、偉いね、ありがとう、そこに置いといて」

「じゃあ、わたし、テーブル拭く」

「帰るまで、一緒にゲームでもしよっか?」

「うんッ!」

 やるのはいつも、マリオカートかドンキーコング。俺も、ゲームをたくさん持っているわけじゃない。端末も古いファミコン。それでも、カガリは、ソファーの上、立って、笑って、とても楽しそうだった。勝っても負けても弾んで、くの字に体をひねり、感情を表す。素直な彼女が可愛かった。

 独りになったカガリが、ウチに来ることになるまで、少し時間があった。一年弱ほどだったか。詳しいことは分からない。児童相談所と遠い親戚との間で、受け入れ先が決まらず、ずるずると時間がたったようだ。

「カガリが可哀想だよ、ウチで引き取ればいいじゃん、俺、しっかり家事するし、仕事も手伝うからさ、だから父ちゃん、頼むよ」

 いくら言っても、オヤジは承諾しなかった。

「簡単なことじゃねえ、お前は黙ってろ」

 雨の日だった。オヤジが、カガリを連れて帰った。俺に何も説明せず、一言だけオヤジは言った。

「戸籍は変えない」

 リュックを背負い、手に小さなバッグを持ったカガリが玄関に立っていた。俺の顔を見て、目に涙を浮かべて、唇を噛んだ。


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