愛してくれてありがとう

 助かる。黒坂ゆう。彼女の存在には本当に助かってる。

「部長、こちらにサインと捺印をお願いします」古いパソコンの前で静かに働く営業アシスタントの黒坂ゆう。彼女が淹れてくれるコロンビアの香りに、俺の心は解きほぐされていく。仕事の重圧と孤独を抱える俺にとって、彼女はいつしか欠かせない存在となっていた。たまたま二人きりになった席で、彼女からの告げられた不思議な縁。彼女にはある決意があった…

#エモチックロマンス
#愛してくれてありがとう
#広ヒロスケ

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「部長、こちらにサインと捺印をお願いします。あと、こちらには押印をお願いします」

 俺のデスクで、書類の下に印鑑用マットを回しながら彼女が言った。捺印と押印の違い。それを知っている事務員は彼女が初めてだった。

 彼女が入社して雰囲気が明るくなったと思う。事務所の一番奥にある席、古いウィンドウズマシンの前に座って、静かに働いている。

 小さな会社だから、雑務もたくさんあるし、営業事務の仕事は日々膨大にある。新しく覚えることがたくさんあって大変だろう、ちょっと気の毒に思う。

 彼女のポジションは、なかなか人材が定着しない。給与が渋いし福利厚生も薄い、それに社長や営業部隊の相手がとにかく面倒だ。俺は内心ハラハラしながら、彼女を見守っている。よくやってくれている、できれば長く続けてほしい。

「部長、ありがとうございました」

 書類を引き取り、一礼して自席に戻る。彼女に合わせて、事務所の空気が動き、甘い香りが頬を撫でる。横目で、彼女の後ろ姿を追う。美しい。身のこなし、全てが。

 初めて会った時の彼女は、印象深かった。求人広告を出した翌朝、早朝六時を過ぎたばかりの頃。俺が事務所の鍵を開けてすぐ、まだ珈琲も落ち切っていない時間帯。

 玄関チャイムが鳴った。

「誰だろう?こんな朝早くに?」

 ドアのガラス越しに、美人が見えた。俺に気づいて一礼。俺も慌てて、頭を下げながらドアを開けた。

「いらっしゃいませ、どうかなさいましたか?」

 二十代半ば、ベージュのスーツ姿、肩に白いバッグ。通勤中のOLに見える。

 「こんなに早くから申し訳ありません、御社の求人を見て参りました」

「営業事務にご応募いただけるんですか?」

「はい、実は履歴書をポストに入れて帰ろうかと思ったのですが、事務所に灯りがあったものですから」

「それはご丁寧にありがとうございます」

 すごく感じのいい人だ。

「一生懸命勤めさせて頂きたいと思っていますので、ご検討のほどをお願い致します」

 うやうやしく頭を下げた時、肩にかかる髪が、顔の前に落ちた。柔らかそうで、綺麗な色の髪をしてる。

「わかりました、それでは後日連絡させて頂きます」

「どうぞよろしくお願い致します」

 最後に俺の目を見た。微かな笑みを含んだ瞳。不思議な懐かしさを感じた。昔の知り合いの誰かに似ているのか。

 営業事務の採用は、俺に任されていた。履歴書を見てる。

 黒坂ゆう、二十六歳、娘と同じ年齢だ。

 ビジネス専門学校を卒業し、それ以降ずっと派遣社員として働いている。営業事務経験あり。お、SAPを使えるんだ、凄いな。今の勤め先との契約が今月末で終わる。通勤時間、徒歩四十分、ここから家が近いな。この辺はバスがないから歩きになるか。小さなアパート暮らしのようだ。趣味、料理。志望動機、事務経験を活かし貴社業務が円滑に運ぶよう尽力したい。扶養家族、なし、配偶者、なし。本人希望、貴社の規定に従います。


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