「だから、もうイイ」 –シオリは俺と目を合わせない。
デザイン会社の中途社員テルキは、社内のマドンナ・シオリと恋に落ちる。順風満帆な交際のはずが、なぜか二人の心はすれ違っていく。しかし、仕事上のトラブルをきっかけに、テルキがボロボロになるまで没頭し始めた時、彼女の瞳に異様な熱が宿りはじめる…
#エモチックロマンス
#深夜のポテサラ粒マスタード
#広ヒロスケ

深夜のポテサラ粒マスタード
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「だから、もうイイ」
シオリは俺と目を合わせない。
「え?なんだよ…」
「イイの…もう…」
昨日のケンカは、本当につまらないことが原因だった。彼女と意見が対立したのは、俺が作ったポテサラに、マスタードは必要かどうか、ということだった。
必要だ、と俺は思う。
今日のハムは、肉ッ気が強い、だから、獣臭を落ちつかせるためにも、絶対に必要だ。
要らない、と彼女はいう。
マスタードのせいで、せっかくのポテトの甘さが、消えちゃってる、と。
「でもさ、シオリ、俺は、君に旨いものを食わせたい一心で、色々やってるんだよね、それはさ、わかってよ」
「分かってるよ、だから、もうイイ」
「なんだよ、その投げやりな感じ」
「もう…イイの」
「いや、よくない、粒マスタードとさ、ビネガーのバランスを上手く調整すればいいと思うんだ」
「うん、だから、テルさんの思うようにすればイイ」
「シオリ…なんだよォ…」
彼女は言った。
俺が聞くから、答えたんだ―と。
マスタードがない方が、自分は好きだ―と。
俺の料理なんだから、俺の好きにすればイイ―と。
なんで、いつもこうなっちゃうのか。
些細なことで、意見が喰い違う。男と女が、一緒にいれば、色々ある。恋愛経験は、ほとんどないが、俺だって、子どもじゃない。これくらいのことは、普通に起こるもんだと思う。
だけど、胸のウチが収まらない。なんか、嫌だ。スッキリしない。気持ちよくない。
彼女との出会いは職場だった。
社長とは、一昨年前に、とある企画で知り合った。世界情勢の激変で、フリーランスの立場にイロイロ不安を感じていたところ、ウチに来ないか、と声をかけてくれた。
デザイン企画会社、社員数三十人。紙も、ウェブも、空間も、なんでも請ける。決して、大きいとは言えないけど、それでも、組織という存在が、めちゃくちゃ有り難かった。全世界とたった独りで戦う心細さを、十二分に味わってきた俺にとっては。
初めて被雇用者となった俺のために、必要な事務手続きを進めてくれたり、この会社でのお作法を教えてくれたのが、彼女、シオリだった。
第一印象は、清楚な美人。
とても真面目そうな人、だった。俺の、五歳年下になる。
「社長は、一見、堅物メガネに見えますけど、結構、スパマーな性質なんです。だから直接の指示があっても、鵜呑みにしないで、リーガル的なところを確認してから進めてくださいね」
「そうなんですか…」
「ハイ…そうなんです」
困っちゃいますよね、というニュアンスを、語調に上手くにのせている。すごく賢い人だと思った。
言い終わってから、唇をすぼめる。彼女が、ちょっと見せた、ハニカミの仕草がスイートだった。
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