「ナオちゃんさ、あの後、誰かとエッチした?」
恋愛経験ほぼゼロでコミュ障気味のナオ。彼女に初めて出来た恋人は、十五歳年上の寡黙な男性ホンちゃんだった。噂話、誤解、嫉妬、女社会の生きづらさの中で凍る彼女の心は、恋人が作る梅酒ロックと共に、ゆっくりと溶かされていく。
#エモチックロマンス
#愛とは、梅酒をロックで飲むことだ
#広ヒロスケ

愛とは、梅酒をロックで飲むことだ
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「ナオちゃんさ、あの後、誰かとエッチした?」
こう聞かれて絶句した。
私の恋人は、十五歳上。同じ職場で働いている。
半年前にあった打ち上げの席で隣あわせて、そのまま、同じベッドで寝ることになった。その夜の彼が、とにかく素敵過ぎて、私はトロトロに溶かされて、ジクジクに湿った。
「いい男なの?」と聞かれたらちょっと困る。
見た目はただのオジさん、どちらかと言えば地味。ある意味、昭和っぽい。だけど、強い力で惹きつけられてる。こんな感情に支配されるのは初めてのことだった。コミュ障の私はカッサカサに渇いた女。こんな水分が私のどこにあったの?というくらいに湿ってる。
人生で初めての恋人。オジさんは落ち着いてる。静かな人。歳が離れてるから、恋人ってのは変かな? 愛人に見えちゃうかも?多分、私の好きの気持ちはかなり大きい。彼に恋してる。だから恋人でいい。
時々実家に帰ると、母親に聞かれて困る。
「まだ好きな人はできないの?」と。
二十七才。子どもがいてもおかしくない。実際、二つ歳上の姉は、この難しい時代に男児ふたりを生んで、立派に育ててる。和歌山県の農家に嫁ぎ、日々、髪を振り乱し、女であることを忘れたかのようになって。
結婚適齢期。この言葉はまだ生きている。昭和の初め、オンナは二十歳前後で結婚することが一般的、とされていた。独身でいることが難しい時代だった。
「平成令和になって、この国も変わっちまった」
父親は嘆く。
「昭和ってのは、全人類の歴史の中で最も素晴らしい時代だったんだ」と。
その話になるとすごくウルサイの。
父も普段は口数の多い方じゃない。お酒を飲むとリミッターが外れるのか、切り替わったみたいに饒舌になる。発泡酒をプシュッと、いったい何缶空ければ気が済むのかな。母によると、家だと、冷蔵庫にあるだけ全部飲んでしまうらしい。
そんな、だらしのない父であっても、娘の婚期を気にかけているようで。最近人気のデートスポットはどこなんだ?とか、私と同年代の芸能人が結婚したらしいぞ?とか、恋愛事情に探りを入れようとする。結婚ケッコン、うるさい。令和の時代に昭和の価値観を押し付けないでください。心配してくれてるのは、分かるけどさ。
昔の人はみんなこうなのか?いや、そうじゃないことは分かってる。恋人のホンちゃんも昭和生まれ。父とは違って、人に何も求めない。我が道を行く。そこが好き。
女性スタッフばかりの小さなデザイン事務所で、彼はたった独りの男性。フォトショ職人として、やっぱりオンナの社長から、高い技術力を評価されている。五年ほど働いているそうだ。
事務所の奥、一番隅の、窓がなく光の入らないスペースに彼の席がある。入社面接の時、私は彼の存在を知らされていなかった。転職の初日、暗がりにボーッと彼の青白い顔が浮かんで見えたとき、思わず隣席の女の子に聞いてしまった。
「この事務所に幽霊が出ることはありますか?」
側にいた子たちが高い声で、大笑いに笑って「あれは幽霊じゃなく、原田さんだよ」と教えてくれた。
モニターの光が、原田さんの顔に青白く反射していた。彼の仕事は色を扱うので、太陽光が邪魔になる。暗いところで、作業するのが彼の役割だと、後から知った。
その時まで、事務所内での彼の呼び名はハラちゃんだった。でもその事件以来、ホーンテッド・エンジニア、略してホンちゃんに改名されてしまった。申し訳ないとは思ったが、場の雰囲気を壊しちゃまずい。私が、ホンちゃんと呼んでも、嫌がる素振りもなく、彼はただ優しい視線を返すだけ。
ホンちゃんは、目立たない。
一日中、誰とも話さないことがある。たぶん、会社の女子たちは、気にもかけてない。当然、恋愛対象になってない。きっと視界にさえ、入っていないだろう。彼は朝早くから事務所にいて、一番遅くに帰る。いや、朝出てくる姿も、夜帰る姿も見たことがなかった。
彼の机の脇に置いてある黒くて重そうなリュックには埃が積もってるように見える。家に帰ってないの?もしかして事務所に住んでる?ちょっと怖い。彼は毎日同じ洋服を着ている。グレイのトレーナーと、膝に穴の空きかけたジーンズ。たぶん着替えてない。それが時々、女子たちの話題になる。
「臭そうだよね…」とか。
髪型は、丸坊主を三ヶ月放置したような感じ。中学生男子なら許されるが、オジさんだから清潔感があるとは言えない。年齢は四十二、厄年なのね。眉毛を上げると額に二本シワが入る。
日中、時々、彼は姿を消すことがあり、どこに行ってるんだろうと不思議に思っていた。彼と関係するようになって、シャワーに出かけているのだと知った。トレーニングするわけでもないのに、そのためだけにジムへ行く、月に幾らも支払って。
「お金が勿体なくないですか?」
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