「あ、時計さん、起きちゃった、パパ、止めてあげて、朝になっちゃったね」
さびしそうに、残念そうに。小犬の縫いぐるみを自分に向かい合わせて、ワンワンの目を、ジッと見る。
実の娘のように愛した姪を失ったナオキは、ある日、仕事の電話口でひとりの女性・リセと出会う。彼女もまた、ナオキと同じ痛みを胸に抱えていた。「死児の齢を数える」とは、どういう意味なのか。偶然の出会い、静かな会話、通い合う心、ふたりはまるで、えにしの糸に導かれるように、惹かれあっていく。
#エモチックロマンス
#縫いぐるみの目をじっと見て
#広ヒロスケ

縫いぐるみの目をじっと見て
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「パパッ、パパーッ!?」
俺を呼ぶ声。キッチン、ガス台の鍋に、湯がグツグツと煮えたって、朝食用の茹で卵が、振動してる。
「パパーッ!?タマゴさんが怒ってるよォ~、早く火を止めてあげてぇ~ッ」
今にも泣き出しそうな、心配そうな顔をして、キッチンから、声を上げた。ワンワンの縫いぐるみを、小脇に抱えて。パジャマ姿の少女。四歳。
「ほら、今、もう止めたから、大丈夫だよ」
濡れた瞳で、ニッコリ笑う。愛おしくてたまらない。俺は、彼女を抱きあげる。その体、柔らかくて軽い。細くて美しい髪、絹の糸のよう。ピンクに透きとおる爪、驚くほど小さい。ホッペ、丸くて赤くて。
「ねえ、チューして良いかな?」
「ヤァダッ!」
そう拒絶した直後、自らン~ッと唇を突き出し、俺の頬にキスをする。
「あれ?パパがチューしたいんだよ?」
体をひねって、抱っこから降り、あっちに逃げた。
「キャッハハハ♪」
俺を振り返って何度も弾む。愛しい女の子。エリという名。姉貴の娘。
姉貴は、結婚生活に行き詰まり、実家に戻った。この母娘と、俺たちは、しばらく一緒に暮らした。俺は、娘にとっての叔父さんであって、本当のパパじゃない。あの娘もちゃんと分かってたけど、きっと、さびしかったんだろうね。いつの間にか、父娘ゴッコのような毎日になっていた。
すごく可愛くてさ。気がついたら俺のベッドにもぐり込んでる。気づいて、布団の中を見ると、息をひそめ、自分の唇に人差し指をつけて、笑顔を向けてくる。
「しーッ、まだ朝じゃないよ♪」
小さな前歯、キレイに並んでる。ピピピピっと、目覚ましのアラームが鳴る。
「あ、時計さん、起きちゃった、パパ、止めてあげて、朝になっちゃったね」
さびしそうに、残念そうに。小犬の縫いぐるみを自分に向かい合わせて、ワンワンの目を、ジッと見る。
あの子の俺への懐きぶりを見て、姉貴も、両親も、心配した。二十歳になったばかりの俺と、姪っ子の、尋常ならざる仲の良さに、ただ事じゃない、とでも思ったか。変な意味じゃなく、俺をパパと呼ぶ、この娘の真剣さと一途さに、大人たちは、不安を感じたんだろうね。健全な未来のため、そろそろ、別の生活を始めた方が良いだろう、ってことになった。
姉貴にも、割とちゃんとした仕事が、すぐに見つかって、実家暮らしの間に、ある程度の蓄えも出来たから、親子は、改めて、家を移ることになった。引越しの朝、あの子の震える唇が不憫だった。ゴメンね。俺も、よく分かってなかった。姪っ子と、どう触れ合うべきなのか。すごく年下の妹みたいに思っていたところがあってさ。エリが俺をパパって呼びたいんだったら、それでも良いよ、くらいの気持ちだった。でも、もっとちゃんと接してあげられてたら、こうはならなかったかも、とは思うかな。ゴメンね。
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