お願いだから帰ってきてよ

俺のアパートで一緒にいる女の子。天使みたいだと思うんだよね。

小さな仕出し屋で出会ったヒロとミヨ。社長の急逝で失職し、行き場をなくしたアルバイトのミヨをヒロは自宅アパートに迎え入れる。白いTシャツとジーンズ姿の彼女は、少ない言葉で懸命に生きる不器用な子だった。二人で作る焼きそば、狭い部屋で肩をよせあい眺める映画、そっと触れた足先の温度。貧しくも幸せな日々の中、ミヨの過去と、突然襲った交通事故が、ふたりの運命を動かし始める。

#エモチックロマンス
#お願いだから帰ってきてよ
#広ヒロスケ

お願いだから帰ってきてよ©︎広ヒロスケ Amazon Kindleストア価格99円 Kindle Unlimited対応

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 俺のアパートで一緒にいる女の子。天使みたいだと思うんだよね。

 狭い部屋、木造、築三十年くらい。壁薄くて、隣の部屋からの声、聞こえますね。だから二人、とっても静かに暮らしてる。

 今、ソファーに体を横たえてる、彼女の、形のいい足の指に触れている。ついさっきまで一緒に映画を観ていたのに、すぅーっと、幽かな寝息をたてて、気持ちよさそうに眠っててさ、可愛いんだ。足の指に触れて、彼女の体温を感じる。血の熱さ、命の温度。とてつもなく愛おしい。

 出会いは職場だった。俺は、この仕出し屋で働いて五年目になる。お弁当の出前や、冠婚葬祭のケータリングをやる小さな会社だ。そこへ彼女が、アルバイトとして入ってきた日、社長のケイコさんが俺に向かって、言った。

「ちょっとヒロくん、今日からここで働いてくれるミヨちゃんよ、アルバイトだけど、日勤で、毎日入ってくれるの、いろいろ教えてあげて、ね?」

 見ると、そのミヨちゃんは、ジーンズに真っ白のTシャツ、真っ白いスニーカーの、お洒落度はゼロだが、清潔感マックスの身なりで、俺の顔を見てる。

「ミヨと言います、あの…今日から…一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします」

 チョコリと頭を下げて、垂れた前髪を耳にかけた。

 その彼女の挨拶、言い方がさ、なんか小学生みたいっていうか、子どもっぽく、幼く感じられて、おかしくて、笑ちゃってね。するとさ、そのミヨちゃんは、その俺を顔をみて、しばらく見て、はにかむように目を逸らせて、うつむいた。彼女の視線に合わせて、彼女の足元に目をやると、真っ白いスニーカーが内股になって、なんだかモジモジしてる。俺の心も、彼女の何かに触れたかのように、なんだかドキドキしちゃってさ。

「もしかして、ふたり知り合い?」とケイコさん。

「え?まさか?」俺が応えると。

「じゃあ、お互い、ひと目惚れだね!」

 俺らの様子をみて、そうからかううほど、ちょっとおかしな空気、ちょっと清々しい、でもさ、ちょっと涙ぐんじゃうみたいな、とても不思議な雰囲気の初対面だった。

 ミヨちゃんは、高校を卒業した後、隣町の給食センターで働いていたそうだ。しかしその会社、経営に問題があったとかで、彼女は、リストラの対象とされてしまい、この一年は無職で、こないだ二十三歳になったばかりだ。思うように仕事が見つからず、行くところもなく、お金に困って、どうしようかと、あてもなく歩いている時、うちの会社の玄関先に貼り付けてあるA4サイズの、俺がなぐり書きで書いた、アルバイト急募の紙を見て、飛び込んだというわけだった。

 一緒に働くようになってわかったんだが、ミヨちゃんは、どちらかと言えば、コミュ障だ。思うように言葉が出てこない体質。きっとこれまで、会議や面接なんかで苦労したんだろうな。俺も、畏まった場では、自己表現が得意な方ではないかさら、よくわかるよ。

 社長のケイコさんは正反対のタイプで、マシンガンのように言葉を撃ちまくり、人を動かす。ケイコさん自らよく言ってることに、「オンナは静かな方がいい、私みたいな女は男をダメにする、一緒にやっていけないのよ」というのがある。

 二度味わったという壮絶な離婚の顛末を、時々、聞かされる。言葉に熱が帯びると、もう止まらない。そうとう深い確執があったとみえる父親との関係にまで踏み込んだ頃には、真っ黒な涙を流して、ハンカチをギリギリとむしり噛んでも、まだ、語り続ける。

「あーあ、わたしもミヨちゃんみたいに生まれたかったなあ」

 冗談めかして言うけどさ、あながち嘘じゃないのかも、って思う。それは、ケイコさんが誰よりも、ミヨちゃんを可愛がってるから、なんだよね。

 毎朝、ミヨちゃんはケイコさんと一緒に来て、夕方、一緒に帰っていく。ふたりは仲が良く、どっちも美人で、親子みたいに見えなくもない。二人でいると、とても楽しそうだった。後から知ったんだけど、どういう理由だか、ミヨちゃん、今は、ケイコ社長の家に寝泊りしてるらしい。

「ミヨちゃんのご両親って?」

 一度、彼女に直接聞いてみたが、でも、ただ、かぶりを振るだけだった。ミヨちゃんって、何か事情があるっぽい。でもさ、彼女は、言葉数は少ないけど、心に壁があるわけじゃなく、大人しいながらも、みんなと打ち解けて、いつも笑っている。給食センターで働いていたからだろうね、うちでの仕事にもすぐに慣れて、小柄で細身なのに、彼女には、まあまあ力もあるってのか、ガッツがあるのか、四キロの炊飯器も問題なく扱えるし、じゃがいも、玉ねぎなんかの重めのカートンも、ひとりで動かせて、入社してひと月後には、主戦力になっていたんだよね。

 その日、俺は久しぶりの休日で、前の日の夜から、配信でアニメを見始めたら止まらなくなってさ、布団に入ったのは、朝四時過ぎだったかな?ウトウトしたところに、携帯が鳴って、出ると、ケイコさんだった。

「ヒロくん、お休みのところ申し訳ないんだけど、私、具合が悪くてさ、今日行けそうにないんだ…だから…」

「あ、分かりました、すぐ行きます」

「今日はね、親和設計さんから二百食、別注のお弁当が入ってるの、大丈夫?」

「分かってます、任せてください、社長、ゆっくり休んで」

「ゴメンね…」


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