君だったのか、俺を叱るのは

「のんびり就活してんじゃねーよ」言われてもいない言葉が胸を通り突き抜けていった。娘の声で。

四十二歳、妻子あり。仕事の失敗ですべてを失い、鬱に沈んだ男。再起の職場で出会った若い女性・ハルの存在が、止まっていた心を少しずつ動かし始める。叱責の声、揺れる欲望、淡い恋心、そして守るべき家族。自分を責め、励まし続けていた「声」の正体に気づいたとき、男は夜空を見上げる――。

#エモチックロマンス
#君だったのか、俺を叱るのは
#広ヒロスケ

君だったのか、俺を叱るのは©︎広ヒロスケ Amazon Kindleストア99円 Kindle Unlimited対応

君だったのか、俺を叱るのは
Amazon Kindleストア99円 Kindle Unlimited対応

サンプルページ

左にスライドさせて読み進めてください

 四二歳で鬱になった。

 仕事でどでかいミスをやらかした。契約書の数字を一桁間違えた。取引先、下請けに大迷惑をかけてしまった。もちろん会社の信用は激しく毀損された。今どき新人でもやらないようなしくじり方だった。

 課内ではガン無視され、廊下を歩けば白い目で見られ、ヒソヒソ声に悩まされ、満員電車では、降りたい駅で降りられず、いつ行っても、富士そばのいなり寿司は売り切れだった。

 思えば、ちょっと前から変だった。集中力が落ちていた。メールを読むのにすごく時間がかかるようになってたし、細かい仕事がとにかく億劫で、会議で発言することが怖いと感じるようになっていた。

 産業カウンセラーに相談しても、ストレスですかね、みたいな曖昧な会話に終始。解決の糸口も得られず、食欲は落ち、性欲も薄まり、頭頂部の毛量も怪しくなっていた。

 そして、俺は全く同じミスを再びやった。全身から血の気が引いたが、もう許されない。二十年勤めた会社を去ることになった。武士の情け、早期退職プログラムの水準に近いカネを出してもらえたし、会社都合による退職にチェックを入れてくれた。

 一年はなんとかなるだろう、そう女房に告げたとき。彼女は黙って、ひとすじ涙を流した。どんな感情なのかは分からなかった。

 翌日には、ママ友の紹介とか、近くのスーパーでレジ打ちの仕事を見つけてきた。我が妻ながら、すごい行動力だと思った。俺は、失業給付金をもらいながらゆっくりと職探しをしていた。

「なんで家にいるの?」

 夕食のテーブル、高校生になったばかりの娘が俺を見ながら女房に聞く。

 なぜ直接、俺に聞かない?とは思うが娘には言えない。難しい年頃だとわかってる。もうずいぶん、会話をしていない。

「お父さんね、失業しちゃったのよ」

「最悪…」

 顔をしかめた娘の唇から吐き出された言葉が魂にブッ刺さる。ショックで、その場にいられなかった。ベランダに出て、夜空を見上げた。

「のんびり就活してんじゃねーよ」

 言われてもいない言葉が胸を通り突き抜けていった。娘の声で。

 それからだ。

 俺の脳内で、俺を責め立てる言葉が聞こえるようになったのは。どこにいても、何をしていても。娘の声で。

「臭っさいウンチしてんじゃねーよ」

「飯粒こぼしてるんじゃねーよ」

「電車でオッサンが座ってんじゃねーよ」

「唐揚げ弁当なんか食ってんじゃねーよ」

「知らない女のケツ見てるんじゃねーよ」

 その声が聞こえる度に、俺は冷や汗をかき、動悸に悩まされた。眠っていても、その声は容赦がなかった。

「ベテランのくせに数字間違えてんじゃねーよ」

「パワークエリの使い方、何度も聞くんじゃねーよ」

「パンツにションベン垂らしてるんじゃねーよ」

「Amazonでコンドームとか買ってんじゃねーよ」


全編を読む

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です