私、貧困女子二十五歳、冬

 私は貧乏。年収百四十四万円、賞与なし。いわゆるの貧困女子。

派遣栄養士として産婦人科で働く二十五歳の静香は、貧困と呼ばれる側の人間。仕事とアパートを往復するだけの冬の日々に、食材配達の男・菊名氏が現れる。朝の挨拶、些細な気づき、胸に積もる小さなときめき。恋愛経験ゼロ、貧困女子の世界に、雪が降り、灯りがともり、静かに色彩を帯びてゆく。

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 私は貧乏。

 年収百四十四万円、賞与なし。いわゆるの貧困女子。

 貧困女子の定義は曖昧だそうだけど。一人暮らしで、所得から家賃を引いて、残るお金が八万五千円より低いと貧困と呼ばれる、のだそうだ。社会問題にもなってる、のだそうだ。

 私の場合、給料十二万円。家賃が三万円に、光熱費が一万円。残るお金は、八万円。定義に当てはまる。数値的に、相対的貧困層、なのだそうだ。貧民女である。赤貧ガールだ。

 一食分の食費を二百円に収めるので、月で二万円くらい。残るお金は六万円。ここからスマホ関係で一万円くらいが消える。ひと月頑張って働いて自由にできるお金が五万円。

 せめて一万円は貯金したい。残るは四万円。そこから、消耗品、最低限の衣料品、女の子用品、通院費、エトセトラの必要で、お金はすぐになくなっちゃう。

 貧困女子。

 この表現に不満がないわけじゃない。そういうレッテルを貼られたら、人がどんな気持ちになるのか、考えてみてよ、ってなる。

 哀しいよ。

 切ないよ。

 わびしいよ。 

 ただただ仕事とアパートを往復する生活。友だちも少ないし、趣味もない。お金が無いせいよ。

 もしお金があったら何をする?

 やっぱりオシャレをしてみたい。毎月美容院に行って、ネイルを整えて、そして、やっぱりデートみたいなことをしてみたい。

 彼氏…?

 居ません。居たことありません。

 二十五年生きて男性経験ゼロです。キス。したことないです。それ以上のことも、モチロンありません。 私にもできるんだろうかしら?

 このまま生涯ずっと無いままかもって、思ってます。怖いし、自分が、情けないし、恥ずかしいし、残念だなあ…って思っちゃう。

 人生ってこんなものなのかなぁ。

  子どもの頃からお母さんのお手伝いが好きで、料理が好きで、特にお菓子作りが大好きで、チョコ菓子が得意だった。

 高校を卒業して、専門学校へ行かせてもらった。当時の夢は、フランス留学してのショコラティエでしたが、現実を見て、諦めて、栄養士の資格を取り、派遣登録をした。

 今の派遣先は、産婦人科医院。週三~五回のシフト勤。

 とても人気のある病院で、中に栄養士と調理師がいる。五年前に開業して、建物はまだまだ美しく、設備も充実している。ここの栄養士として私も四年目に突入。

 栄養士といえば、福祉施設の求人が多い。介護施設、病院、幼稚園、学校給食、とか。主たる仕事は、献⽴作成、衛⽣管理、配膳。 

 料理が好きだから…と思って入ったこの世界。趣味の料理と仕事の料理って、こんなに違うのね。つくづく思う。

 業務として献立を作るのはとてもつらい。調理は楽しい。でも、職場でいちばん難しいのは、人間関係なんです。

 キッチンの仕事は複数人でやってる。チーフと、パートさん三人と、私。

「今日入院してきた春山さんってさ、中学の時、万引きで捕まったことあるんだよ」

「嫌だ、そーなの?」

「すんごい性格悪いんだよ、あんな顔しててさ」

「アンタ、同級生だったの?」

「噂よ、うわさ」

 パートさんの陰口、悪口、噂話には辟易させられて。

 私は口下手、いつも話を聞いているだけ。できれば、明るい話題がいいな、って思ってる。

 チーフは男だから、オンナの井戸端会議なんて、知らんぷりしてれば済むかもだけど、同姓の私は、輪に入って、話を合わせなくちゃならないのよ。

 新しい命が生まれる産婦人科医院という場所で、他人の悪口、人生へ呪いを聞くなんて。

 悲しいよ。

 せつないよ。

 わびしいよ。

  栄養士の私が献立の基礎を作り、チーフが仕上げる。少子高齢化で、産婦人科は患者の奪い合いになっている、のだそうだ。

 施設はどんどん高級化、贅沢化、ホテル化し、妊婦さんの食事は、本格レストラン並みのクオリティに高まっている、のだそうだ。

 出産後、退院の前日のディナーは、特に素晴らしくて、作っている私たちは、絶対に食べられないような、贅沢な料理が出る。少子化のご時世、激しい痛み、苦しみを経て、命を産み落としてくれた彼女らは英雄なのだ。ヒロインには盛大なおもてなしが必要。コストを抑えるため、キッチンスタッフの給料は安い。私は派遣だから、会社が中抜きするので、実入りは正社員よりずっと少ない。

 このように。妊婦さんの胃袋と胎児の栄養は。貧困女子によって支えられている。


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