七年間、夫の浮気を疑うことなど一度もなかった。
夫の裏切り。突きつけられたのは、あまりに不潔な現実だった。すべてを捨て、逃げ込んだ先は喫茶店のアルバイト。潔癖なマスターの淹れる珈琲に癒やされ、唇を奪われ、恋に落ちるリエ。しかし、静寂を破る窓の音が、彼女を再び「生々しい現実」へと引き戻す…
#エモチックロマンス
#一生、私を好きでいて
#広ヒロスケ

一生、私を好きでいて
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ふざけんなよ、お前なんて死んじまえ。
まだ慣れないベランダ、冬の風が冷たくて、心に悔しさが募ってくる。
引越業者が最後のカートンを運び込んでくれる頃には、おおかたの整理はついていた。
ごく少ない荷物。
愛用していたヴィトンのバッグは置いてきた。あれには夫の笑顔が貼り付いているから。
「リエ~、どこ行くんだよぉ?こっちこっち」
フランス、リヨン、石畳の路地、方向音痴の私を呼び戻す。
「リエ、俺から離れちゃダメ、迷子になっちゃうよ?何なら君をこのバッグに入れて歩こうか?」
甘いマスク、センスの良い服装、日本語なまりコテコテの英語とフランス語を話す。自慢の夫、私を愛してくれる理想の旦那様。
だった。
リビングの片隅、膝をついて、窓からのぞく木を眺めた。虚しさ、寒々しさが、心に満ちる。新しい生活の喜びなんて、カケラもない。
七年間、夫の浮気を疑うことなど一度もなかった。
その日、帰宅した彼のヴィトン、ソフトブリーフから、薬袋がのぞいているのを見つけた。洗濯物を取り込んで、ハンドタオルを折り畳んでいる時だった。
夫に聞いた。
「何の薬飲んでるの?」
「えっ?」
夫の背中が固まった。
「風邪でもひいちゃった?大丈夫?」
私の目を見ない。
コチコチと、リビングの壁時計が時を刻む。
「ねえ、どうしたの?」
「俺…風呂…入ってくるわ…」
「そう?」
「あ、リエ?」
「ん?」
「その鞄には触らないでよ、仕事の大事な書類が入ってるんだ」
「うん…わかった」
違和感。
夫が仕事を持ち帰るなんて、あり得ない。
触るなと言われたので、バッグの中は確かめられない。ゴミ箱に、見慣れない薬の包装シートが落ちてるのを見つけた。
薬名を検索。
「えっ!?」
それは抗生物質だった。直感、すべてを悟って、血の気が引いた。ここしばらく私は、おかしなオリモノに悩まされている。
翌日、婦人科で、性感染症と告げられた。
ショックだった。先生の前で、泣いてしまうほどだった。恥ずかしくて、悔しくて、情けなくて。夫から病気を移されてたなんて。
「お大事に…」
医者の言葉、哀れみの響き。
「でも、原因は私じゃないんです!」と、叫びたかった。
夫との夜を思い巡らせる。きっとそんなに前のことじゃない。
そう言えば、夜中、酔っ払って帰ってきた変な日があった。四半期予算達成の打ち上げだと言ってた。それは本当だろう。
ベッドで寝ている私の下着を剥いで、半ば無理矢理、抱いた。以前にも、そういうことは、無いではなかった。
夫は昔からモテる方だった。
明るい性格で、話も面白い。優しくて、お洒落。私が髪を切ったとき、口紅を変えたとき、違う調味料、新調したお皿、色んな変化に気づくタイプ。男ぶりも悪くない。エッチも上手だった。
浮気の後ろめたさか、罪滅ぼしか、何かの埋め合わせか、きっと、そんな気分に支配されて、行為におよんだ。
もうダメだった。彼という存在が気持ち悪くて、汚らしく思われて、仕方がない。同じ家にいられなくなった。
誰かのヌルヌルがついた指で、私をもてあそんだ。汚れた魂で、私に口づけをした。病気が分かっているのに、教えてくれなかった。
なんで?
愛してないの?
夫には気の弱いところがあった。
本当に大事なことを、言い出せないタイプ。以前は、やさしい人だから、と思っていた。今は、その薄弱な意思に、気弱な生き方に、吐き気をもよおす。
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