夜が下手で可愛い、うるせーよ

 俺の家の前にセーコが立っていた。真っ白なワンピースを着て。短い丈のブルゾンがヒラヒラでフワフワ。白いタイツに白い靴。まるで天使みたいに見えた。手には何か赤い巾着包みのようなものを持っている。「ヨッシー、チョコをあげる」

三十代独身男であるヨッシーの脳内には、小学六年生から更新されない「白ワンピの天使」が住み着いていた。 カセットテープから流れる聖子ちゃんの歌声に浸り、片道十五キロの通勤山道を旧車で飛ばす毎日。そんなの前に現れたのは、変わり果てた?姿の天使だった。

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夜が下手で可愛い、うるせーよ
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 俺は片道十五キロのクルマ通勤をしてる。

 職場は山の小さなビル。市を隔てるように存在する標高三百メートル足らずの山の上にある。短い距離だが、その山坂道は適度なワインディング。毎日がドライブな気分。

 運転中は、松田聖子を聴いている。松田聖子でなければならない。松田聖子の歌を聴くと俺は思い出すんだ。近所に住んでいた女の子を。

 彼女は同学年でその名もセーコだった。

 幼稚園から知ってる。おさな馴染みってことになる。小学校五、六年は同じクラスだった。セーコの家は、町内では珍しい凝った作り、他とは違う存在感を放つ洋館だった。朱い屋根のガレージに、赤、青、緑、原色のクルマがたくさん停まっていた。セーコの着てる服はいつもお洒落で、学校でも目立ってた。家が金持ちだったことは間違いない。

 特別な意味で、セーコを認識した日のことは、今でも鮮明に思い出せる。

 あの日、二月。元号がまだ昭和で、俺らは小学六年生だった。

 俺の家の前にセーコが立っていた。真っ白なワンピースを着て。短い丈のブルゾンがヒラヒラでフワフワ。白いタイツに白い靴。まるで天使みたいに見えた。手には何か赤い巾着包みのようなものを持っている。

「ヨッシー、チョコをあげる」

 なぜくれるのかは分からなかった。俺はただ、ありがとう、と受け取った。

 両親は共働きで帰宅時間は夜八時ごろ。もらったチョコは、親が戻る前に食ってしまった。お菓子の詳しいことはわからないが、それは手作りっぽかった。美味かった。親にチョコのことは話さなかった。なぜか照れくさいと思ったからだ。

 俺は、バレンタインデーというものを知らなかった。女子からプレゼントされるチョコ。その特別な意味を知ったのは、中学に入ってからだった。

 俺は奥手だった。小学生の頃、恋愛が何のことなのかわからなかった。もちろん、あの子が好き、あいつは嫌い、などの感情はわかる。胸がときめく、キュンとする、心を焦がす、そういう感覚がわからない。

 学校で会っても、セーコは普段と何も変わらなかった。あのチョコは何だったんだろう?セーコと時々目があう、でもそれ以上のことは何もない。不思議に思ったが、向こうがいつもと変わらない以上、俺も普段通りにするしかない。

 セーコとは違う中学に進むことになった。

 彼女は中高一貫教育の進学校へ。俺は当たり前の公立中学へ。セーコは、進学と同時に引っ越したと風の便りに聞いた。洋館の前に停まっていた、色とりどりの外車がない。本当に引っ越したんだ。心に一抹の淋しさを感じた。

 その後は特に、セーコを思い出すこともなく、俺の中学生活は淡々と進んでいた。水球部に入って厳しい練習に耐えた。中二の夏、練習の帰り、駅交差点の信号待ち。

「ヨッシー?」

 遠くから名前を呼ばれた気がして振り向いた。カワイイ私服の女子が数人集まってる。ひとりの女子が横断歩道の向こうから笑顔でコッチに手を振っていた。セーコだった。

 まん丸だった頬がシュッとなって大人びた。髪はさらに伸びて美しい光沢を放つ。俺も慌てて手を振りかえした。彼女は肩をすくめて笑顔をみせる。


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