お前の下腹の蜘蛛

 俺は、問いたい。もしも神が存在する、というのなら。

倒産、失職、そして母の死。一夜にして全てを失ったアキラの前に現れたのは、謎の美女セツだった。他人の感情を過剰に受け取ってしまう病を抱える彼女セツと、空っぽの男アキラ。深夜のパーキングエリアで出会った二人の魂が、ポンコツの軽自動車で激しく共鳴する—

#エモチック奇譚
#お前の下腹の蜘蛛
#広ヒロスケ

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 俺は、問いたい。

 もしも神が存在する、というのなら。なぜこんなことが許されるのか?と。

 一夜にして、俺は、失ったんだ。将来と、希望とをさ。

 やっとの思いで、フリーター生活から抜け出し、就職できた会社が二年足らずで倒産した。社員十五人の小さな会社だった。

 会社の金を持って、専務が失踪。突然のことだった。

「あの野郎、逃げやがった」と社長は叫んだ。

 色気のある遊び人風で、いつもダンディな社長が憔悴しきっていた。まだ五十代なのに、老人のようになり果てた。完璧にセットされていたヘアスタイルが崩れ、くたびれて臭いを放つ洋服、いったい何日目なんですか。

 ふらつく足元で前に進み、ガクリと膝を折って、社長は、俺ら社員に土下座をした。

「申し訳ありません、金が一銭もない、だから…」

 絶句する俺らに向かって、社長は続けた。

「給料は…払えない。倒産だ、すまん、本当にスマン」

 額を床に擦り付け、うめき苦しみ「ヒィッ…」と泣き崩れた。

「マジですか!?」

 社長のこんな姿を見たことがない。互いに顔を見合わせながら、俺たちは戸惑う。次の瞬間、社長はバッタリと床に伏した。みんなが駆け寄る。

「大丈夫ですか!?」

「社長!?」

 声をかけたが、無反応。

 失神。

 そして、

 失禁。

 いつも社長の左手首に輝いていた腕時計がない。肌身離さず着けていた、自慢のロレックスデイトナが消えていた。それほど、金に困ったと言うことだった。

 俺は社長のことが好きだった。正直な人でさ。憧れの存在でもあった。

「お前はこれまで運が悪かっただけだ。腐らずにウチで頑張ってみろよ」

 フリーターの俺にチャンスをくれた。おおらかな心で、俺と向き合ってくれた。マジ感謝しかない。

 そんな社長がさ、苦しんでるんだ。助けてやりたいと思ったさ。俺に出来ることなら、何だってやりたいよ。

 でもこの状況下、俺は全くの無力だった。

 社長に必要なものは、カネだったからだ。現金が必要なんだ。どっかからデカイ金を持ってくるなんて、俺には不可能だ。

 この世ってのは残酷だ。ジャングルの法則が、人間社会にもリアルに働いてる。何かの呪いが、かけられている。

 俺は、三十歳を目前に、今の会社に採用され、ようやく正社員の立場を得て、どうにかまともな暮らしができるようになったばかりだった。

 もちろん今も生活は楽じゃない。

 だけど、溜まっていたリボ払いも完済できたし、奨学金の返済に遅れることもなくなった。

 やっと暗い穴から抜けられた、と思ってたのに。

「とりあえずは自宅で待機しようや、逃げた専務が戻ってくるかもしんないしよ」

 そういう先輩社員の目もうつろだ。

「俺、来月、女房が出産するんだよ、なんでこんな時にこうなちゃうんだよ、信じられねえよ」

「給料出ないと困るよ、本当に困る、借金があるんだよ、俺、殺されちゃうよ、あいつら容赦なしなんだよ、泣きてえよ」

 誰しも事情がある。

 事情っていうのはさ、カネのことなんだよ。世界中の人間が、カネに追われて苦しんでる。

 独り、アパート。

 古物店で買った足つきマットレスに腰掛けて、俺は、ただただ明日を思い煩うばかりだった。

 倒産!?

 マジなのかよ?

 給料が出ない?

 この先どうなるんだよ?

 眠れない。心配をやめられない。地球の自転が止まってしまったのかと思うほど、真夜中の空気は重い。

 朝になったら、まずは職安に行こう。失業給付金の申請をしなくちゃダメだ。

 何か現金化できるものはないか。一張羅のスカジャンを売るしかない。五、六万にはなるだろう。後はクルマか…買ったばっかりなんだよな。

 しかしヤベエ、ガチでやべえ。腑から、訳のわからない負の感情が広がって、俺の心と体を凍りつかせる。

 怖えよ、またあの貧乏生活に戻るのか?

 俺はどうすりゃ、良いんだよ?

 そんなことを考えていた時だった。


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