彼のノートに描かれていたこと

 家に帰って、ノートを開いた。

三年間、ずっと私のことを「フジコ」と呼んでいたトモくん。 芸術コースの彼はいつも、教科書への落書きで私を笑わせてくれた。「俺、漫画家になりたい」そう笑っていた彼が、卒業を前に突然の転校。 手元に残されたのは、真っ黒に描き込まれた一冊のノートだった。 そこに描かれていたのは、ギャグではなく…

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 トモくんとは、三年間、同じクラスだった。

 一年生の初め、前と後ろの席になって、話すようになった。とても優しい人だった。私が聞けば、勉強を教えてくれた。私が風邪で休んだ次の日は、ノートを貸してくれたりもした。

 目が合えば、必ず声をかけてくれる。オッスとか、ヨォとか、元気?とか。

「フジコ、宿題ちゃんとやって来た?」

 彼の口調はいつも柔らかい。

 見ていると、学校でトモくんが、自分から話しかけていく女子は私だけだった。特別扱いされているのかな。だから、ひょっとして、もしかして、私のことが、好きなのかな?って思うこともあった。

 だけど、卒業まで、一度も、好きとか、付き合うとか、そんな会話をすることはなかった。

 ウチの高校は、普通科コースと芸術科コースに分かれていて、普通科の私は特に、将来の夢もなく、なりたいものも見つけられずに、ただ漫然と生きてきた。

 芸術コースのトモくんには、夢があったみたい。

「俺、漫画家になりたい」そうよく言ってた。「なんで?」って、私が聞くと「あの仕事、儲かるんでしょ?」と答える。

「儲かるから漫画家になりたいの?」

「俺、貧乏はヤダなあ」

「そうなの?」

「いやいや、冗談」

「なんだ、冗談か」

「俺さ、アルファロメオのスパイダー、クアドリフォリオに乗りたいんだよね」

「そうなんだ、それクルマ?」

「うん、イタリアのオープンカーでね、直列四気筒DOHCエンジン、四つ葉のクローバーのラベルが付いてるんだ、赤に乗りたいんだよね」

「そうなんだね」

「うん、めっちゃカッケーよ」

「そっか」

「買ったら、フジコを乗せてやるよ」

「ほんと?」

「うん」

「やった、楽しみにしてるね」

「うん」

 専門用語はよく分からなかったけど、赤いオープンカー、彼ならきっと似合いそう。

 トモくんには、漫画の才能があった。絶対にあった。私は、それを確信してる。彼が描いた、教科書への落書きにその片鱗がうかがえた。

 ダビデ像に、コートを着せて露出狂にしたてたり。聖徳太子の持つシャクに「当たり」の文字。天を仰いで自撮りしてるザビエル。芥川龍之介と太宰治が、ビジュアル系ミュージシャンに変身。


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