「お風呂の用意、出来てますので、いつでもどうぞ…」
上司に呼ばれて訪れた古い家の近くで、サトルは作務衣姿の不思議な女性・メグと出会う。そこから上司の無茶な命令で始まった、思いがけない同居生活。不器用で優しく、どこか壊れやすい彼女と向き合ううちに、寄れば離れ、離れれば近づくような心の揺れがサトルを戸惑わせる。昭和の匂いが残る家で交わす小さな会話と、温かな手料理が、二人の距離をゆっくりと縮めていく。
#エモチックコメディ
#タイトル
#広ヒロスケ
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彼女の要塞(セーフティーゾーン)
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「ウォッ!?」
驚いて声が出ちゃった。夜の道、すぐそこに誰か人がうずくまってる。ドキッとした瞬間、その人が、急に振り向いたんだ。
「ウォッ!?」
女性だった。その人は、屈んだままの格好で、驚いてる俺の様子に、クスッと笑いを漏らした。彼女の手元を見ると、花の入った小鉢みたいのを持っている。小さな紫色の花だった。
「あのぉ…」と俺を見ながらその人は立ち上がる。
作務衣姿だった。よく似合ってる。
「もしかして…なんですけど、サトルさんですか?」
「ウォッ!?」何で俺の名を知っている?
驚く俺に向かって「私、山根です、お待ちしていました」と笑った。
「ヘッ?」
「奥田さんのお知り合いなんでしょ?」と彼女。
「えっ?奥田?社長と知り合いなんですか?」
「はい、さっきまで、ウチで飲んでましたよ」
「えっ?ウチ?」
「はい、私の家で、まだ、おチヨはいますよ」
「は、はぁ、そうなんですか…」
彼女はもう一度屈んで、花を道の端に置いた。
「今日はサトルさんって方が来るって聞いてます。でも遅いから、道に迷ってるのかな?って見に来ました。こちらですよ♪」
「は、はい…」
白く輝く彼女の歯、夜なのに。とても印象的。
その日、社長に呼ばれて向かったのは、古い家ばかりが立ち並ぶ、年老いた雰囲気の住宅街だった。
「知り合いと飲むからお前も来い」ってことで、社長のクルマ、緑色のゴルフカブリオを目標に探しているんだけど、初めての場所で、土地勘がないし、よく分かんなかった。
流行り病の騒ぎ以降、飲み屋にはあまり行けなくなって、この数ヶ月は、こんな風に、時々誰かのところに集まった。社長の家とか、俺の部屋の時もあるし。家飲みをすることが増えたんだよね。
今夜も、仕事を終えて、スマホのマップを頼りに、初めてのこの町を、どんな場所なのかも知らされず、キョロキョロと歩いていた時、暗がりで屈み込んでるその女性に出会って、びっくりしたというワケだった。
ねずみ色の作務衣、七分袖から伸びる腕、うなじが見え隠れするくらいの短めのヘアスタイル、七分丈からのふくらはぎ、サンダル足元、かかとがツルツルで、たいそう美しく。
俺の少し前を歩いて、時々コチラを意識しながら、誘導してくれている。少し気になるのは、俺との距離が遠いこと。初対面だから並んで歩くのも変だろう。だからかな?風がその人から良いニオイを運んでくる。石鹸のいい香り。胸をドキドキさせながら俺は従った。
「さっきの花…アレはなんですか?お地蔵さんか何か?」
俺がちょっと距離を詰めて話しかけると、詰めた分、彼女はまた離れて、さっきよりも遠くなったところで、こっちを向いた。
「あれは…癖みたいなもので」
「癖ですか?」
「今夜は目印になるかな、って思いまして」
「目印?俺の、ですか?」
「はい、後でおチヨから連絡してもらおうかと」
「なるほど…」
「この辺り暗くて、曲がるポイントが分かりにくいですし」
「それで、迎えに出てきてくれたんですか?」
また一歩、俺が間隔を詰めようとすると彼女は二歩離れる。はて?セーフティゾーンの広い人?いや、っていうか、俺のこと嫌がってる?
「でも、その前に私が目印になっちゃいましたね、エヘヘッ、あッ、ココです♪」
笑顔、可愛いな。俺、嫌われてるようには思えない。
彼女に導かれて着いた場所は、なんとも築古の、昔は三軒長屋と言われたような建物で、今にも傾きそうな、屋根とか壁の一部分がトタンになってて、レトロとかそんなお洒落な感じではなく、歴史あるというのか、古めかしいというのか、つまり、ちょっと時代遅れな、オールドファッションドな、オンボロ、いや失礼、すげえ古いお宅だった。
ちょっと驚いたが、でも、彼女が開けた玄関引き戸の、ガラガラという音を聞いて、俺は一気に、懐かしい日本の、温かい人肌のような、なにか心地よさのような、柔らかい空気に包まれたみたいになって、不思議にちょっと泣きそうな気持ちが込み上げた。
「ゴメンなさい、狭苦しい処ですがどうぞ上がってください♪」
「あーっ、サトルくん、遅いよぉッ」奥からおチヨ。
「イョォッ!」手をあげる。
奥田チヨ、彼女は社長の奥さんで、俺とはタメで、社長と飲む時に、時々一緒になる。いい飲み友みたいな仲で、かれこれ十年くらいの付き合いかな、出会った時は、お互い、十九くらいだったと思うな。
おチヨと作務衣の彼女が、俺を見て再度促した。
「どうしたんですか?どうぞ、上がってくださいね♪」
「あの、なんで作務衣なんですか?」
そう聞いたのは、もしかして、ここは民泊かなんかなのかな?と思ったからなんだけれどさ。
「あっ、これはですね…楽だから…かな?お客様をお迎えする格好じゃなかったですよね、ゴメンなさい」
ああ俺、余りにも余りにも、不躾な質問であった。視線を落とし、恥じらう彼女が気の毒な感じで、申し訳なくて、自分に腹が立って。
「いえ!そういうことじゃなく、作務衣がよく似合ってるなと思いまして!」と返すと。
隣のおチヨが「そうそう、ヤマッグは作務衣がよく似合う美人なのよ、ねっ、サトル君もそう思うよねっ?ねっ?」同調するよう俺に圧力を。
「よく似合ってます、可愛いです、でもヤマッグって?」
「私、山根メグと言います」
「そうそう、だから私は中学の頃からずっと、ヤマッグって呼んでるんだよ、ねっ?」
おチヨと作務衣の彼女は、互いの目を見て頷いた。昔からの親友ってわけか。
「中学からですか?」
「そうそう、ずっと仲良しなんだよ」
「そうなんスか?」
「おチヨとは一緒に水泳をやってました」
「へ、俺もっすよ、水泳部」
「私たちは、どっちかって言うと、競技飛び込みだけどね」
「ああ、そうだった、おチヨ、前に言ってたな」
「そうそう、ヤマッグは高飛び込みまでいったんだよ」
「へえ、スゴイね」
「ビールでいいですか?」作務衣。
「あっ、はいっ!」
玄関あがってすぐの座敷、丸い座卓に、ちょっとした料理と缶ビール。三人、顔を見合わせながら飲んだ。おチヨがいると、作務衣の彼女は、俺と距離が近くなっても平気みたい。
「ヤマッグさんって、ひょっとして同い年かな?」
「やだ、ヤマッグさんって、可笑しい!」おチヨが笑った。
「じゃ、じゃあ、なんて呼べば??」
「ヤマッグでよくない?最初は、私らみんな同い年だよ」
「じゃあ…ヤマッグで、ヤマッグはここに住んでるの?」
「はい、ずっとここに住んでます」
「独りで?ですか?」
「祖父と一緒、でした」
「でした?」
「亡くなりまして…七日が過ぎました」
「七日…?」
「はい…」
「そ、そう…なんだ」
話しながら彼女がさびし気に視線をやった奥の部屋、そこでお祖父さんは過ごしていたんだろうか。六畳間、重い家具が置かれていたみたいに、畳に深い跡が残ってる。ベッドか何かのような気がする。
瞬間、目が釘付けになった。部屋の片隅に、何個か重ねて置かれているケース。見覚えのある箱。あれって…多分さぁ…
おチヨが話す。
「一応さ、少し喪に服して、今日、私たちが押しかけて、こうさ、なんていうの、励まそう会?みたいな感じで、会おうか、ってことになったんだよね」
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